テンソル場を理解するのに必要な知識は、
- 双対空間(双対基底)
- テンソル
です。
ささっと復習してテンソル場の定義、性質をこの記事で理解します。
【復習】双対空間と双対基底
ベクトル空間\(V\)状の線形な関数\(f: V \rightarrow \mathbb{R}\)を線形形式(一次形式)
それら全体の集合を\(V^*\)を書き、\(V\)の双対空間といいます
そして\(V\)の基底\(e_1, \ldots, e_n\)が与えられると、それと対をなす双対空間\(V^*\)の基底\(e_1^*, \ldots, e_n^*\)を次のようにとることができます。
\(V\)の基底\(e_1, \ldots, e_n\)に対し、\(e_1^*, \ldots, e_n^* \in V^*\)を次のように定めます。
$$
v=a_1 e_1+\cdots a_n e_n \in V
$$
に対し
$$
e_i^*(v)=a_i
$$
つまり、\(e_i^*\)はベクトルの\(e_i\)方向成分を抜き出すという線形形式。これらは実は\(V^*\)の基底をなします。これを\(e_1, \ldots, e_n\)の双対基底といいます。
この線形空間\(V\)とその双対空間\(V^*\)をそれぞれ\(s\)個、\(r\)個ずつ直積してできるベクトル空間を\((r,s)\)型テンソル空間と呼びます。
【復習】テンソル
\(n\)次元実線形空間\(V\)に対して次の型の写像
$$
F: \overbrace{V^* \times \cdots \times V^*}^r \times \underbrace{V \times \cdots \times V}_s \longrightarrow \mathbb{R}
$$
であり、\(F\left(\omega^1, \ldots, \omega^r, v_1, \ldots, v_s\right)\)が各変数について(ほかの変数を固定したとき)線形関数となるものを\((r,s)\)型テンソルといいます。\((r,s)\)型テンソル全体の集合を\(V^{(r, s)}\)と書くことにしましょう。
例
$$
V^{(0,1)}=V^*, \quad V^{(1,0)}=\left(V^*\right)^* \simeq V
$$
テンソル場
多様体\(M\)の各点にテンソルを割り当てたテンソル場というものを考えましょう。
【定義】テンソル場
多様体\(M\)の各点\(p\)に対し、\(p\)における接空間\(T_p M\)上の\((r,s)\)型テンソル\(F_p\)
$$
\underbrace{T_p^* M \times \cdots \times T_p^* M}_{r \text { 個 }} \times \underbrace{T_p M \times \cdots \times T_p M}_{s \text { 個}}
$$
を一つ付随させる対応\(F=\left\{F_p\right\}_{p \in M}\)のことを\(M\)上の\((r,s)\)型テンソル場という。
3つ以上のテンソル場のテンソル積も同様です。
テンソル場の局所座標表示
テンソル積における既定の議論とベクトル場の成分表示を組み合わせて、テンソル場の成分表示を考察していきましょう。
記号を導入して
基底の表示
多様体\(M\)の座標\(\left(x^1, \ldots, x^n\right)\)による接空間\(T_p M\)の基底
$$
\left(\frac{\partial}{\partial x^1}\right)_p, \ldots,\left(\frac{\partial}{\partial x^n}\right)_p
$$
に対して、接空間\(T_p M\)の双対空間\(T_p^* M\)の双対基底を
$$
\left(d x^1\right)_p, \ldots,\left(d x^n\right)_p
$$
と表す。
さて、\(\left(U ; x^1, \ldots, x^n\right)\)を\(M\)の座標近傍とすると、
\(M\)上の\((r,s)\)型テンソル場を\(F\)をU上で
$$
F=F_{ j_1, \ldots, j_s}^{i_1, \ldots, i_r}, \frac{\partial}{\partial x^{i_1}} \otimes \cdots \otimes \frac{\partial}{\partial x^{i_r}} \otimes d x^{j_1} \otimes \cdots \otimes d x^{j_s}
$$
と局所座標表示することができます。そして、係数として現れる\(n^{r+s}\)個の関数
$$
F_{j_1, \ldots, j_s}^{i_1, \ldots, i_r}(p):=F_p\left(\left(d x^{i_1}\right)_p, \ldots,\left(d x^{i_r}\right)_p,\left(\frac{\partial}{\partial x^{j_1}}\right)_p, \ldots,\left(\frac{\partial}{\partial x^{j_s}}\right)_p\right)
$$
を、局所座標系\(\left(x^1, \ldots, x^n\right)\)に関するテンソル場\(F\)の成分といいます。そして\(M\)のいずれの座標近傍\(\left(U ; x^1, \ldots, x^n\right)\)においても\(F\)の成分がすべて\(C^\infty\)級であるとき、\(F\)は\(C^\infty\)級テンソル場といいます。以下では\(C^\infty\)級テンソル場のみを扱うことにします。
リーマン計量
リーマン計量
\(M\)上を\(C^{\infty}\)級多様体とする。各点\(p \in M\)に対して、\(T_p M\)の内積 \(g_p: T_p M \times T_p M \rightarrow \mathbf{R}\)が与えられているとする。このとき、\(p\)から\(g_p\)への対応\(g\)と表し、これは\(M\)上で定義された\((0,2)\)型テンソル場である。
\(g\)を\(M\)のリーマン計量、\((M,g)\)をリーマン多様体という。
リーマン計量の局所座標表示
以下では簡単のため、リーマン計量は\(C^{\infty}\)であるとします。
リーマン計量を局所座標表示してみましょう。
\((M,g)\)を\(n\)次元リーマン多様体とし、\(p \in M\), \(\boldsymbol{v}, \boldsymbol{w} \in T_p M\)とする。また、\((U, \varphi)\)を\(p \in U\)となる座標近傍とし、\(\varphi\)は次のように表される\(\varphi = (x_1, x_2, \cdots, x_n)\)。
さらに、\(\boldsymbol{v},\boldsymbol{w}\)を
$$
\begin{aligned}
& \boldsymbol{v}=\sum_{i=1}^n v_i\left(\frac{\partial}{\partial x_i}\right)_p, \quad \boldsymbol{w}=\sum_{j=1}^n w_j\left(\frac{\partial}{\partial x_j}\right)_p \\
&\left(v_1, \ldots, v_n, w_1, \ldots, w_n \in \mathbf{R}\right)
\end{aligned}
$$
と表しておきます。このとき、内積の線形性より
$$
\begin{aligned}
g_p(\boldsymbol{v}, \boldsymbol{w}) & =g_p\left(\sum_{i=1}^n v_i\left(\frac{\partial}{\partial x_i}\right)_p, \sum_{j=1}^n w_j\left(\frac{\partial}{\partial x_j}\right)_p\right) \\
& =\sum_{i, j=1}^n v_i w_j g_p\left(\left(\frac{\partial}{\partial x_i}\right)_p,\left(\frac{\partial}{\partial x_j}\right)_p\right)
\end{aligned}
$$
です。よって、
$$
g_{i j}(p)=g_p\left(\left(\frac{\partial}{\partial x_i}\right)_p,\left(\frac{\partial}{\partial x_j}\right)_p\right)
$$
とおくと、
$$
g_p(\boldsymbol{v}, \boldsymbol{w})=\sum_{i, j=1}^n v_i w_j g_{i j}(p)
$$
である。内積\(g_p\)の対称性より、\(n\)次正方行列\(\left(g_{i j}(p)\right)_{n \times n}\)は実対称行列で、内積\(g_p\)の正値性より、\(\left(g_{i j}(p)\right)_{n \times n}\)は正定値です。この\(n\)次正方行列\(\left(g_{i j}(p)\right)_{n \times n}\)はグラム行列とも呼ばれます。
リーマン多様体\((M,g)\)状では接ベクトル\(X \in T_p(M)\)の長さが定義できます。
つまり曲線の長さの概念は、リーマン多様体の上で初めて考えられ、リーマン計量の与えられていない一般の多様体上では意味のない概念となるのです。
テンソル性について
\(F\)を\((r,s)\)型テンソル場とします。さらに各\(i=1, \ldots, r\)に対して\(\omega_i, \tilde{\omega}_i \in\mathcal{D}^1(M)\)、各\(j=1, \ldots, s\)に対して\(X_j, \tilde{X}_j \in \mathcal{X}(M)\)とし、定数\(a, b \in \mathbb{R}\)を任意に固定します。このとき、\(i\)番目の一次微分形式に関する線形性
$$
\begin{aligned}
& F\left(\omega_1, \ldots,\left(a \omega_i+b \tilde{\omega}_i\right), \ldots, \omega_r, X_1, \ldots, X_s\right) \\
& =a F\left(\omega_1, \ldots, \omega_i, \ldots, \omega_r, X_1, \ldots, X_s\right) \\
& +b F\left(\omega_1, \ldots, \tilde{\omega}_i, \ldots, \omega_r, X_1, \ldots, X_s\right) \\
&
\end{aligned}
$$
および\(j\)番目のベクトル場に関する線形性
$$
\begin{gathered}
F\left(\omega_1, \ldots, \omega_r, X_1, \ldots,\left(a X_j+b \tilde{X}_j\right), \ldots, X_s\right) \\
=a F\left(\omega_1, \ldots, \omega_r, X_1, \ldots, X_j, \ldots, X_s\right) \\
\quad+b F\left(\omega_1, \ldots, \omega_r, X_1, \ldots, \tilde{X}_j, \ldots, X_s\right)
\end{gathered}
$$
がすべての\(i,j\)について成り立ちます。これを\(F\)の多重\(\mathbb{R}\)-線形性といいます。
じつはテンソル場はこれよりもずっと強い性質、すなわち上記定数\(a,b \in \mathbb{R}\)を任意の関数\(f, g \in C^{\infty}(M)\)で置き換えてしまってもそのまま成り立つという著しい性質を有しているのです。これを\(F\)の多重\(C^{\infty}(M)\)-線形性といいます。関数倍が前に出せるという部分が特に重要であるので、そこだけ抜き出して書くと、任意の\(f_1, \ldots, f_r, g_1, \ldots, g_s \in C^{\infty}(M)\)に対し
$$
\begin{aligned}
& F\left(f_1 \omega_1, \ldots, f_r \omega_r, g_1 X_1, \ldots, g_s X_s\right) \\
& \quad=f_1 \ldots f_r g_1 \cdots g_s F\left(\omega_1, \ldots, \omega_r, X_1, \ldots, X_s\right)
\end{aligned}
$$
が成り立ちます。詳しく書くと
$$
\begin{aligned}
& F\left(f_1 \omega_1, \ldots, f_r \omega_r, g_1 X_1, \ldots, g_s X_s\right)(p) \\
& \quad=f_1(p) \cdots f_r(p) g_1(p) \cdots g_s(p) F\left(\omega_1, \ldots, \omega_r, X_1, \ldots, X_s\right)(p)
\end{aligned}
$$
がすべての点\(p \in M\)で成り立つのです。
写像\(F\)の個々の引数である一次微分形式やベクトル場を関数倍したとき、関数そのものが\(F\)の前に出てしまうという上記性質を\(F\)のテンソル性と呼びます。テンソル場\(F\)とは各点\(p \in M\)に割り当てられたテンソル\(F_p\)を寄せ集めたものとして定義したのだから、点\(p\)でのテンソル場の値が、点\(p\)における関数値、余接ベクトル、接ベクトルだけから決まり、この性質こそが、テンソル場であることの本質なのです。
実際、テンソル場\(F\)のことはいったん忘れて、多重\(C^{\infty}(M)\)-線形写像
$$
G: \overbrace{\mathcal{D}^1(M) \times \cdots \times \mathcal{D}^1(M)}^r \times \underbrace{\mathcal{X}(M) \times \cdots \times \mathcal{X}(M)}_s \longrightarrow C^{\infty}(M)
$$
が任意に与えられたとします。さらに点\(p \in M\)と、\(p\)における余接ベクトル\(\alpha_1, \ldots, \alpha_r \in T_p^* M\)および接ベクトル\(\xi_1, \ldots, \xi_s \in T_p M\)を任意に固定します。一般に、点\(p\)での値が、\(\alpha_i\) や \(\xi_j\)に一致するような\(M\)上の一次微分形式\(\omega_i\)やベクトル場\(X_j\)はいくらでもあるが、それらをどのように選んだとしても、テンソル性により、\(p\)での値\(G\left(\omega_1, \ldots, \omega_r, \quad X_1, \ldots, X_s\right)(p)\)は同じ値になります。
したがって、この値でもって\(p\)におけるテンソル\(F_p\)を定義するというアイデア、すなわち
$$
F_p\left(\alpha_1, \ldots, \alpha_r, \xi_1, \ldots, \xi_s\right):=G\left(\omega_1, \ldots, \omega_r, X_1, \ldots, X_s\right)(p)
$$
は\(\alpha_i\)や\(\xi_j\)の拡張である\(\omega_i\)や\(X_j\)の選び方の任意性によらず矛盾なく定義されています(こういうことをwell-definedという)。そして、こうして定まるテンソル\(F_p\)を各点\(p\)に割り当てることにより作られるテンソル場\(F\)は\(G\)に一致します。要するに、多重\(C^{\infty}(M)\)-線形写像をテンソル場だとみなしてよいということです。
参考
https://risalc.info/src/Gram-matrix.html